「辞世の句」

言の葉を

連ねていけば

あの時の

我が思い出が

刹那へ変わる

らーめん

個人写真

【作者】
1997年12月30日生まれ。
大阪府に生まれる。

好きな食べ物はラーメン 。

嫌いな食べ物はパクチー。
2018年度に第59代目 近畿ろう学生懇談会 会長を務める。2018年度のモットーは「smile」。2019年度全日本ろう学生懇談会 会員の集い 企画担当を務める。新型コロナウイルスの影響により会員の集いは中止となった。

共著に、
2018年度全日本ろう学生懇談会 会報 一期一会(春号)

2018年度全日本ろう学生懇談会 会報 一期一会(夏号)

2018年度全日本ろう学生懇談会 会報 一期一会(秋号)

2018年度全日本ろう学生懇談会 会報 一期一会(冬号)

などがある。


【背景・解説】
出会いもあれば別れもある。春という季節はくしくも様々なことを思い知らせてくるものだなあ。

別れの季節にたくさんの書き物を頼まれるようになりました。

一つ一つにメッセージを書いていると、たくさんのことが思い出されてきます。
不思議と、時間という単位は変化していない不変的なものであろうのに、なぜか今となってはごくわずかで刹那的なものに思えてくる。会員として活動した4年間も支部役員として活躍した一年間も、今となっては淡い思い出の一つになっている。
思い出という色濃く描かれた日々たちが、言葉に直すと何故だか一瞬で通り過ぎた通過点のように思えてくる。
刹那的に感じるこの感情は生涯忘れることのないものになるのだろうか。それとも淘汰されて行く現実世界の中で揉まれて忘れ去ってしまう志なのだろうか。
新しい門出が、果たして僕たちを喜んで見守ってくれるのかはたまた苦しんで終わることになるのか。そんな卒業生の心のうちを清明につづった短歌である。

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思い起こしてみると、こんな大層な短歌を作るくらいには充実した4年間を過ごせたように思える
何より思い出深いのは、初めての企画担当だ。

2016年度の冬に実施した「近コン合宿」。

あれが僕にとって大きな人生の分岐点となっただろう。

個人写真


僕は若かった。いや、それ以上に痩せていた。というのは置いといて
なんにも分からないペーペーだったにも関わらず、先輩の皆さんは優しく教えてくれた。
それと同時に、役に立てていない自分がどこかに居た。自分は、このままでいいのか!と思った。奮い立たせてくれた。これが、近コンでよく分からん活躍をすることになったきっかけだ。
改めて初めて作った近コン合宿のパワポを見てみる。
第1感想「めちゃくちゃダサい。」
わろけてくるくらい、レイアウトも考えてない。いやあ初めはそんなもんだなって思ったわん。恥ずかしいのでパワポの写真は載せないでおくね(・▽・)
だけど、あの企画のおかげで近コンのことが知れたと思う。もっと積極的に活動したいなと思うようになった。あらためて近コン合宿のスタッフてあった先輩たちに感謝申し上げたいと思う。ありがとうございました!
あれから、2年。
僕は近コンの会長になった。

個人写真

(巷では、カールおじさんと呼ばれていたようだ。)

いやあ、あの1年間は本当に濃密な時間だった。

思い起こせばいろいろなことが蘇ってくる。
台風の日に山梨から車で帰ってきた時は本当に命の危険を感じたなぁ。いやぁ、若いわ。
1年間の活動を通じて僕は、たくさんのことを学ばせてもらった。会員のみんなには感謝してもしきれないほどお世話になった。

最終的には会員数が50名を突破した。その事は僕にとってとても嬉しかった。
「独りぼっちのろう学生をなくそう」その実現に向けてきちんと実行出来ているなぁと感じたのである。
その辺のあれこれは前に会長を勇退した時に詳しく綴っているので見ておくれ。
【徒然日記】2019年3月31日投稿『みんなで叶えた、会員数50人の夢』

とにかく、僕は卒業します!

社会人になります!頑張ります!
この4年間本当にお世話になりました!
色んなことを経験出来ました!
こんないい大学生活を送れて僕は幸せものです!

じゃあな!!
もう近コンに行けないと思うとマジで寂しいんだわ!!

強く生きろよ!!!!
またな!!!!

風景


これやこの

行くも帰るも別れては 

知るも知らぬも

逢坂(あふさか)の関
蝉丸(10番)『後撰集』雑一・1089より引用